架け橋

    文芸家の会「架け橋」    

俳句と随筆のコラボレーション

   二ノ宮一雄の夏の句  (架け橋No.60)   句集『終の家』より

  とほき日の灯影ゆれゐる冷や奴

    先生は今、おひとりで食卓に着かれ、狐影をまとわれている。そして食卓の冷や奴もまた、ゆれつつ灯りの影を映している。過ぎ去る日、食卓の冷や奴を共に囲まれた顔、顔、顔…先生は思い出されているのだろう。 ( 豊泉真澄 )

 

二ノ宮一雄の春の句  (架け橋No.59)   句集『終の家』より

  麓よりあがるチャイムや春霞

    先生の俳句の師、飯田龍太先生の眠られる甲府盆地での一句。チャイムは時に人をタイムスリップさせる。盆地という丸い地形、ゆるやかな南風のぬくもり、霞は懐かしい記憶と匂いを思い出させる。つまり二ノ宮先生は俳句における胎内にタイムスリップされたのではなかろうか。霞は羊水、龍太先生の御声のみを頼りに羊水の中で夢を見ていた…… ( 豊泉真澄 )

二ノ宮一雄の冬の句  (架け橋No.58)   句集『終の家』より

  ちちははの日の中にゐる障子貼り

    張り替えたばかりの真っ白な障子を痛いほど眩しい冬の日が透過し、先生のご両親を金色に縁取りつつ映し出している。白色は白衣などに用いられ人に安心感を与える。障子を張り終えたご両親と居らして先生も、このうえなく安堵されたことだろうか。安堵は至福。先生の御目には真っ白な真っ白な障子張り浄土のように映られたか…… ( 豊泉真澄 )

二ノ宮一雄の秋の句  (架け橋No.57)   句集『終の家』より

  膝折りて一花一花と菊供ふ

    先生は「江戸時代女流俳人の第一人者である榎本星布の墓は東京都八王子市の大義寺にあり」と前書きされている。当寺は先生の菩提寺なのである。歳時等の墓詣での前に先ず星布の墓に額すがれる際のご様子なのだ。束になっている菊をご丁寧に一花、また一花と備えられる御心境に私は思いを馳せずにはいられない。( 豊泉真澄 ) 

 二ノ宮一雄の春の句  (架け橋No.56)   句集『終の家』より

  ざりがにや馬穴の中の夜の音

    先生の小学生時代を思い出されての御句。田圃の脇の用水路には、ザリガニ等の生き物が採り放題で、バケツに入れて持ち帰った。途中、台所の隅に置いた、そのバケツの中のザリガニが、ゴソゴソと音を立てる。ザリガニは他のザリガニを足場にしてバケツの内側を登っては落ちる。人が寝入っている真夜中もザリガニは、命なる水を求める。ゆえに、その音は、ザリガニの魂の音であることを二ノ宮少年は心に刻んだのである。( 豊泉真澄 ) 



 二ノ宮一雄の春の句  (架け橋No.55)   句集『水行』より

  小綬鶏の誰を呼びゐる山の墓

    小綬鶏は大正八年に中国から食用として輸入された全長七十センチほどの鳥。その十数羽が逃げて繁殖したという。鳴き声が大きく「チョット来い」と聞こえる。姿は、あまり見せず連呼する特徴がある。墓は山の墓。遥か彼方から小綬鶏の声に呼ばれ、人影 、若しくは魂が、そこはかとなく動いたような感傷に先生は耽るとともに、先生ご自身も……。( 豊泉真澄 ) 



二ノ宮一雄の冬の句  (架け橋No.54)   句集『水行』より

  みささぎの辺に人住みて冬菜かな

    みささぎは東京都八王子市長房町にある多摩御陵とのこと。柵をめぐらせた御陵に隣接して民家があり、すぐ脇に小さな畑がある。厳かな御陵に接して、昔ながらの木造平屋の家に住み、民の生活を受け継いでいる。ある種、しぶとさも感じられる民の生活が、冬の厳しい時季にして青々としている「冬菜」に表白されている。 ( 豊泉真澄 ) 

 二ノ宮一雄の秋の句  (架け橋No.53)   句集『終の家』より

  それぞれの遠くを見をり秋の鷺

    鷺は朝、時から集団でやってきて、餌場の河に着くと点々と散らばる。魚を漁るため決して固まらないという。そこに上流の山並が迫り来る。散らばっている鷺たちの個別感が、先生の御心の眼に、山並を見ているように映られる。鷺は白鷺。だからこそ、背景の山並と対照が生きるものの孤独感を際立たせているのである。 ( 豊泉真澄 ) 

  二ノ宮一雄の夏の句  (架け橋No.52)   句集『旅路』より

  どの家も人気のなくて噴井かな

    噴井に 滾滾と溢れ大地に還る水の流れは f分の1 の揺らぎを奏で、その匂いは仄甘い。そして噴井の時季は稲も逞しく育つが水草も、また然り。 なので稲作農家の人々は日中、草取りに出払っている。その状況から御句の時代は30年代とお察しする。その頃、噴井は人々の暮らしを全面的に支えていただけでなく、f分の1の揺らぎと甘い香りで人の心に安らぎを与えていた。 ( 豊泉真澄 ) 

二ノ宮一雄の春の句  (架け橋No.51) 句集『水行』より

  紅梅に山鳩の声にじむかな

     山鳩の存在は、その姿というより先ず声で知る。恋の季節を迎えたにしては山鳩(雄)の声は少し物憂い。が、脈々と続く命の営み、命の滾り、血汐を滾り……真青な空の下、紅梅は山鳩の清らかな血汐の色そのものであり、先生の御心にもにじむ。そして先生は春と一体化された。
(参考)
    先生の第一句集『水行』は「すいこう」(水の流れ)である。それを「すいぎょう」と読まれ、修験者の滝修行と受け取られる方が、ままいらっしゃる。先生は、水の流れのように自然な裸の心を以て文字に臨む姿勢とされている。それは、二ノ宮文学の根底を流れているものである。(豊泉真澄)

  

 

文芸家の会「架け橋」

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